第6回講義内容

持続可能な発展とライフサイクルアセスメント


東京大学大学院工学系研究科 地球システム工学専攻 松橋隆治
 

T持続可能な発展(Sustainable Developement) の概念

 
a持続可能性のイメージ
 
・バクテリアの増殖の例
試験管にバクテリアと培養液を入れて放置しておくと、最初バクテリアは増殖するが、その後栄養分の欠乏、廃棄物の増加に伴い減少する。乱暴ではあるが、これは人類と有限な地球の関係に当てはめることが出来るかもしれない。
 
・「ミクロコズム」
酒の煮汁を外に放置しておくと、バクテリアや原生動物、植物性プランクトンなどが現れ、3ヶ月くらいで安定した系が生まれる。これをミクロコズムという。このことから類推して、人類も安定した系の中で持続的に存在し続けるイメージが得られるかもしれない。
 
bハーマンデイリーの三原則
経済学者ハーマンデイリーは、持続可能な発展を非常に単純な三つのルールで定義している。
 
1)再生可能な資源(森林・水産資源等)では消費速度が成長率より小さければいい。しかし、マグロ資源などは、個体数は減少しているが、水揚げ量の減少が商品価値の増大を生むことから、結果として漁獲量が変わらない。このため持続可能性が脅かされている。
 
2)再生不能資源(化石燃料・鉱物等)については消費速度が再生可能資源への変換による増殖率を下回ればよい。例えば、100トン石油を掘ったうちの、何割かを植林したり、太陽光発電に投資したりすることで、将来100トンの石油と同じ分だけのエネルギーを得られるようにする。
また、石油を始めとする化石燃料は、一定の成長率で増加を続けている。天然ガスは、年3.5%の成長率で増加しており、これは20年で消費量が倍増していくことを示している。(70を成長率で割った年数が倍増期間となる)このように指数関数的に増加するので、天然ガスはまだ見つかってない分を含めても2030年までしかもたないし、その化石燃料も技術開発だけでは限界が見えてくるだろう。
 
3)汚染物質は環境によって吸収・浄化される速度より小さい速度で排出されればいい。
ラムサール条約にも指定されている東京湾谷津干潟には安定した生態系が存在する。ここに多少の有機物が流れてきても、生物が栄養として吸収し、呼吸によってCO2として浄化するため、ヘドロにならない。広島大学が行った干潟の浄化能力の計算によると、干潟全体で約20万人の家庭排水を浄化させる能力があることが示されている。現在の人口は干潟の浄化能力を大きく越えていることが分かる。従って人工的に下水処理をしなくてはならないのである。ただ、河口に人口干潟のような物を作れば、よりいっそう東京湾を浄化できるだろう。
 

Uエネルギー工学的立場からの持続可能性

 
aライフサイクルアセスメント
現在の生活では消費している物がどこでどうやって作られているのかが見えにくくなってしまっている。そこで、製品がどのくらいの物資やエネルギーを使っているのかを見えるようにする手段として、ライフサイクルアセスメントが注目されている。これを使って、それぞれの製品のライフサイクル(原料の採掘、輸送、変換(加工)、最終利用)に投入される資源、エネルギーをデータとして見えるような形で表すことで、環境負荷が目に見えるような形になる。
 
b統合エネルギー収支
 現在発電効率という言葉は投入された石炭のエネルギー(Ef)と、得られた電力エネルギー(Eo)のみを考慮して、Eo/Efとして定義されている。(現在日本で約40%、途上国で25%程度)しかし、実際の発電では発電所そのものを作り、維持するためにもエネルギー(Ei)が使われており、それらも考慮しなくてはライフサイクルで製品を見たことにはならない。そこで、分母に設備製造維持にかかるエネルギーを加えた物を、統合エネルギー収支(IEB)という(IEB=Eo/Ei+Ef)。
 
c再生可能資源と再生不能資源
 現在太陽光は再生可能資源として注目をあげているが、太陽電池を作るために大量の鉄や、ガラス、石油等の再生不能資源を利用している。発電効率だけを見ていたのではそれらは見えてこなく、統合エネルギー収支の考え方を使って初めてこのことが見えてくる。このように、現状では再生可能資源を使うために大量の再生不可能資源を使っている。再生可能資源と再生不能資源は統合エネルギー収支で見れば、ハーマンデイリーの原則のようなはっきり区別できる物ではなく、より連続的な物なのである。さらにいえば、再生可能エネルギーを利用する技術とは、再生不能資源を効率よく使うための技術である、と定義し直すことが出来る。
 
d技術と持続可能性
 今までの持続不能な状態からいきなり持続可能な状態に移行することは出来ない。技術が行っているのは、少しずつ効率改善を行うことによって一歩一歩持続可能な状態に近づいていくことである。極端な例では超伝導発電器などは、40%の発電効率を40.1%にするために緻密な努力を積み重ねている。こんなゆっくりとした効率改善で持続可能な状態が生み出せるだろうか、という疑問に対しては以下の例を提示する。一つは、断熱材による冷暖房負荷の違いである。50ミリの断熱材を敷き詰めれば暖房負荷で約半分、冷房負荷で30%の削減となる。現在、断熱材の使用は少ないが、これを50ミリ入れるだけで大幅な電力の節約になる。もう一つはトヨタのEXVという自動車で、この車は通常の約4倍の燃費で走ることが出来る。この車がディーゼル車であることもあるが、これら事実は効率改善の大きな可能性があることを示唆している。
 
eソーラーブリーディングシステム
 もう一つ、効率改善の例としてソーラーブリーディングシステムが挙げられる。砂漠などで、太陽電池の発電所とそのエネルギーを用いて製造プラントを隣接して作ることによって、自己増殖的な発電所の概念がある。だが、実際には化石燃料が不可欠な部分もあるので、一部化石燃料を用いて部分的なブリーディングシステムが考えられる。これを行うと、統合収支を相当上げることが出来る可能性がある。
 
f持続可能な発展の条件
 先ほど、天然ガスを例として幾何級数的な成長を示したが、効率改善を行うことによって資源の一次消費の量を資源が0になら無いように収束させていくことが出来るかもしれない。ある資源がになるときの条件を以下の式で単純化して表す。
(資料2−3の式を参照)  
Ro:初期時点での埋蔵量  a:効率改善率 r:新たな資源発見によるRoの増加率 s:他の資源による代替率 Co:初期のリサイクル率 c:Coの増加率 Do:初期の需要(欲望) Po:初期の生産量 β:Doの増加率 μo:初期のライフサイクル総合収支
この式が表しているのは、技術の改善率(効率改善やリサイクルの率)が、可採年数の逆数(生産量/埋蔵量)を上回れば持続可能な状態になる、ということである。
 それぞれの資源について持続可能性を調べてみる。
(図2−2を参照)
 この図は、縦軸に技術改善率から需要の増加率をひいた値を取り、横軸に可採年数をとったものである。また、曲線は可採年数の逆数、つまり持続可能なラインを表している。これを見ると、水銀(Hg)は十分に持続可能であることが分かる。これは、有害であるがためリサイクル率が高く、使用も控えられているためである。一方、鉄は現在大きく持続可能なラインを下回っているが、これは潜在的に資源が大量にあることが予想されるが、現在だれも探そうとしないためである。このような潜在的な資源も考慮したのが以下の図である。これを見ると、エネルギー資源が持続不可能であることが分かる。ちなみにウランは増殖炉の可能性を無視して、軽水炉のみで考えている。
(図2−3を参照)
以上のように変化のスピードという面から見ることによって、何が足りていて何が足りていないかがはっきりしてくる。
 

V社会的持続可能性について

 
a社会的持続可能性の定義
 経済学者の人と話すと、すべての資源は持続可能であるという答えが返ってくる。その根拠は、市場原理によって資源が枯渇していくと需要が無理にでも押さえられる、ということである。だが、これはあくまで資源環境面で見た持続可能性である。実際には社会的な持続可能性という問題も考慮しなくてはならない。すなわち、価格の上昇とそれに伴う需要の低下による持続可能な状態、というのは貧富の差の拡大と、それに伴う紛争や難民の増加を招くことになりかねない。細かい研究はこれからの状況であるが、分配の不平等と南北問題について考えていく必要がある。
 
b共同実施方策
 中国のような発展途上国では同じ製品を作るためにも日本の2倍以上の資源や汚染物質を費やすことが珍しくない。従って、日本で技術改善を行うよりも、現在の技術を中国に移植する方が低いコストでより多くの効果を得ることが出来る。このようなコンセプトで考えられているのが共同実施方策である。これを定量的に分析したのが以下の図である。
(図4−1を参照)
f(t)は先進国の削減量と削減にかかる費用の関係、g(t)は発展途上国のそれを表している。この図は先進国と途上国で横軸を逆に取っている。すると、先進国と途上国併せてCO2をYTという値だけ削減する時、横軸上の任意の点を取れば、それは先進国と途上国の削減量の分配を表すことになる。このようなグラフで削減費用の合計を考えたとき、二つの曲線の交わる点(Y0)で分配を行うのがもっとも効率的で、合計が安くすむ。だが、その分配だと途上国の方が低いコストで削減できるため(g(t)の傾きが小さいため)、多くの負担を強いられることになる。そこで、Y0で実際の削減は行い、資金の面だけY1で分配を行う(先進国が資金技術援助を行う)ことにすれば、純粋にY1で分配を行うのに比べて、網のかかった部分だけコストは安くすみ、分配も公平に行われることになる。
実際、アメリカとコスタリカではすでにボランティアで行われているし、技術移転による経済的利益を見込んで多くの発展途上国でそのための事務所が設けられている。
 
c共同実施の問題
先進国にとって技術移転に対する警戒、雇用の問題から多少高くても国内で行うかもしれない。そうなると、共同実施の分を少なくするためf(t)の傾きを小さく設定することになる。一方途上国にしてみればこれを機会により大きな利益を得るためにg(t)の傾きを大きく設定するかもしれない。このようにお互いが戦略を用いると共同実施による利益(網の部分)は縮小する傾向にある。
 

Wまとめ


 「Think globaly, Act locally」という標語がある。それに従い、経済学、哲学など様々な分野で出来ることをやっていき、そしてLCAなどを利用してライフスタイルそのものも見直していかなくてはならない。
 

講義後の勉強会から


授業内容に関する物を中心に活発に質問がでた。基本的に学生が質問し、それに松橋先生が答えるという形になった。このときにでた質問についていくつか以下にまとめておく。
 
Q 現在、共同実施はどの程度行われているのか。具体的な事例はないのか。
A ポーランドやコスタリカといった国では共同実施のための事務局が作られている。特にコスタリカではアメリカの援助の下に植林が行われていて、大きな成果を上げている。一方、ブラジルではアマゾン開発を推進したいという希望もあり、CO2の共同実施についてあまり好意的ではないし、事務局も置かれていない。中国は様子を見ている状態で、時速の利益になるのなら賛成する、という状況。CO2削減そのもののために行う、ということはなさそうである。
 
Q COP3に対して技術者・科学者としての立場からも提言を行うべきだと思うが、そのような動きはあるのか。
A COP3は政治的な駆け引きの場としての色彩が濃くなかなか難しいだろう。アメリカでは一人当たり排出量による規制よりも一律排出量削減を主張しているが、これは効率改善の余地の大きい国内事情を反映している。さらに、アメリカでは石炭ロビーが強く、CO2のみならず他の温室効果ガスも規制に含めるべきだと主張している。また、経済的にも割に合うような技術であってもそれが受け入れられるとは限らない。新しいプラントを作るのはリスクが大きく、古いままのプラントを動かし続ける可能性が高い。これは、将来得られる利益は割り引いて考えられるという割引率の問題であり、初期投資が3年以内で回収出来ない限り企業は新しいプラントを作らないといわれている。だが、政府だけではうまくいかないような気がするので、気候変動に関する事務局のようなのがあるのが望ましいだろう。また、日本の進んだ技術がこれから国際社会でリーダーシップを取るための手段となりうると考える人もいる。
 
Q では科学者はどのようにして政治に意見を反映させていけばいいのか。
A あくまでアドバイスの域をでないかもしれないが、審議会を通じて意見を反映させるという手段がある。だが、審議会のメンバーとなるのは相当実績を積んだ科学者に限られている。政策とは離れるが、我々若手は、学会や講義によって多くの人に意見を伝えることが出来る。また、今までは対処療法的に環境問題が扱われてきて、まだまだ科学的知見が甘い。今、我々がしなくてはならないことはビジョンをはっきりさせ、科学的蓄積を増やし、きっちりとした土台を作っていくことである。それは、講義を通じてより若い人にむけて講義をすることであったり、若手の会を作って研究をすることでもある。このような活動が将来の政策につながることになる。
 
・バクテリアの増殖の例
:『有限の生態学』(廃刊)東北大におられた栗原先生の著作より         1
・「ミクロコズム」
:『有限の生態学』より             1
・再生可能な資源(森林・水産資源等)では〜持続可能性が脅かされている      1
:『限界を超えて』(ダイヤモンド社)からの引用