第9回講義内容

土壌から見た地球環境〜乾燥地の潜在的可能性


東京大学大学院 農学生命科学研究科 松本聡
 

はじめに


 「砂漠」「乾燥地」、といえば荒れ果てた不毛な土地を思うかも知れない。
 しかし、乾燥土壌は窒素・燐酸・カリウムといった、植物に不可欠なエレメントを多量に含んでいる。それはなぜか。大きな日較差による風化作用で岩石中の塩類が土壌に与えられ、また降雨が少ないためそうして蓄積された土壌中の塩類が溶脱されないからである。
 このように乾燥地土壌は、水さえあれば非常に豊かな、場合によっては湿潤地土壌以上の、土壌になるポテンシャル(潜在的な可能性)を持っている。
 

T土壌は永久機関ではない


 熱力学第二法則「永久機関は存在しない」は、土壌にもまさにあてはまる。
 人類は土地を繰り返し繰り返し利用して6千年になるため、「土壌は永久機関ではないのか?」という錯覚をしているが、そうではない。
 「第二法則」は、
 ある系から有効な仕事を取り出すと外部に何の変化もなしに元の状態には戻せない
 ということを示している。
 土壌による生物生産とは"土壌系"という生物生産系から、"食糧生産"という有効な仕事を取り出すということを意味している。しかし、次の年にまたそれを行なおうとする時、第二法則にしたがって、土壌は元の状態とは異なっている。すなわち「目減り」する。(Figure1)
 
 日本では昔から農耕として土壌を利用すると土地が痩せていくことを経験的に知っていた。10世紀、11世紀には農耕地の周りには必ず森林をつくり、そこから出る大量の有機物を土壌に投入していた。そうすることで土壌の生産力を維持し、目減りを防げることを知っていたのである。
 現在では、化学肥料を投入することで土壌の目減りを防いでいる。
しかし、いくら防ごうとしても、土壌は長期に渡って利用し続けると生産性が減少する。これは、実際の生産からも、また実験からも明らかに読みとれることである。とすると、土壌はもう二度と元の状態には戻らないのかと思うかもしれないが、そんなことはない。土壌は休耕によって元の状態に戻すことができる。
 
 「土壌の継続的利用には、休耕による回復が必要」というこの重要な事実は、実はあまり認識されていない。そして世界には、そのような休耕を許せる国と、人口増加などの諸要因により生産の必要性に追われて休耕を許せない国とが存在する。
 

U休耕を許せる国と許せない国


a休耕を許せる国
休耕を許せる国として米国を見てみると、ここには世界で最も肥沃な土壌「モリソル(草原黒色土壌)」がある。モリソルとは、年降水量350〜500mmの半乾燥地に発達し、雨が少ないため養分の溶脱も少なく、また育っては枯れる草により有機物・腐植に
富む、非常にポテンシャル(潜在性)の高い土壌である。
 土壌の生産性というものは、一般的に最初は高く、利用を続けるに従って少しずつ減少していくのだが、肥沃な土壌は耐久性がある。モリソルもまた、高い生産性を長期に渡って持続できる。
 
 モリソルとは対照的なのが、オキシソル(赤黄色土)という、亜熱帯に多く存在する土壌である。有機物含量が非常に少なく、初めは生産性が高いがそれを維持できるのは20〜30年であり、その後急激に生産性が減少する。(Figure2)
 
 現在米国のモリソルは、土壌侵食という危機に直面している。これは土壌学的に見ると、急速に土が疲れきている、ということになる。
 米国の大農業企業は、モリソルがもうすぐ急激な生産性低下に直面することを認識し、モリソルを休息させるためにもブラジルのオキシソルを利用しようと開発に乗り出している。
 ちなみに日本はどうかというと、これも休耕を許せる国であり、休耕地やゴルフ場など、行政や環境の面からは問題があっても、土壌の視点から見ると生産性の回復に役立っているということになる。
 
b休耕を許せない国
 人口圧がかかっており休耕する余裕がない国、すなわち中国やアフリカの諸国である。これらの国々にはオキシソルが分布している。
オキシソル地帯では、今までの利用によりもともと生産力が弱まっていたところに人口圧がかかり、土壌の荒廃が起こっている。これが「砂漠化」である。有機物を供給する森林もなく、また化学肥料を投入する経済的余裕もない。当然休耕にすることもできないため、自然の地力によってしか生産性は維持できない。
 
 このように、生産性が低く回復が必要な土地が人口圧により酷使される、という構図で起こっているのが砂漠化である。もう一度「砂漠化」をこの視点から再確認する必要がある。
 

V世界の土壌


a 緯度を軸とした土壌分布
 緯度によって世界に土壌はどのように分布しているかを見てみる。
 
     現在の生産性   潜在的生産性 
寒帯域  極めて低い    極めて低い
温帯域  高い      高い
亜熱帯  低い      高い
熱帯域  極めて低い   極めて低い
 
 寒帯の土壌は現在の生産性・潜在的生産性ともに低く農業に適さない。また熱帯土壌も、生産性は極めて低い。熱帯には熱帯林という莫大なバイオマスが存在するが、これは土壌によらない巧みなストラテジー(戦略)をもった植物による。実際、熱帯土壌は
世界の7%でありながら、世界中の生物種160万種のうちの実に約60%、65万種を支えているが、有機物の層が非常に少ないこの土壌は農業には適さず、微妙なバランスの上に生物・遺伝子資源の宝庫となっているので、決して開発すべきではない。
 
 ポテンシャルとして高い生産性が得られるのは温帯土壌、亜熱帯土壌のみである。
 ところが、温帯には大都市・産業が中心的に存在する。これは肥沃な土地に文明が発達したと考えると当然のことではあるが、そのような土地で「農業か、都市産業か」という対立になると、経済原理により単位面積当たりの生産性がより低い農業はいつも負けるのである。
 
 こう見ると、農地開発に残されているのは亜熱帯地域しかない、ということになる。では、亜熱帯にどのような土壌が存在するのか見てみよう。
 
b亜熱帯の土壌
 1)レグール土
 2)乾燥地土壌
 3)酸性硫酸塩土壌
 4)赤黄色土(オキシソル)
 
1)
レグール土は、インドのデカン高原に広く分布する土壌である。やわらかい土壌で、雨が降るとぐちゃぐちゃになり耕作には不向きである。
 
2)
乾燥地土壌は世界に広く分布しており、ポテンシャルも高い。
 
3)
酸性硫酸塩土壌とは、干潟の土のこと
であり、上流の肥えた土が干潟で堆積し、海水中の硫酸イオンと鉄が反応して生成する。この土壌は肥沃ではあるが、陸の農地にするのは大変である。なぜなら、土壌の排水・乾燥化に労力と金がかかり、また硫黄が酸化されて酸性となるため植物栽培に適した状態にするには改良が必要だからである。
 
4)
赤黄色土は、有機物含量は少なく、潜在的生産性も乾燥地土壌に比べると低いが開発のための費用が他の亜熱帯土壌に比べて最も低い。しかも一旦開発すると高い生産性を20〜30年維持できる。 このため、この土壌に注目した開発がブラジルのオキシソル地帯で始まっている。
 
c人口増加率と土壌分布
 上で見てきたような土壌分布に、人口増加率を重ねてみる。
 
      現在の生産性    潜在的生産性
・寒帯域 │極めて低い │   極めて低い │
人口増加率│ほとんどない│        │
・温帯域 │高い    │   高い    │
人口増加率│低迷している│        │
・亜熱帯 │低い    │   高い    │
・熱帯域 │極めて低い │   極めて低い │
人口増加率│非常に高い │        │
 
 これから、土壌生産性が低い地域に急速に人口圧がかかっているという問題があることがわかる。実際、問題土壌は人口圧のかかっているところを中心に存在している。
 
 世界の土壌資源分布は、決して均一ではない。人口圧のかかっていない欧米には生産性の高い土壌が分布しているのに対し、非常な人口圧のかかっている南アジア・東南アジアには、問題のない良い土壌は極めて少ない。世界的に見ても、農業に対して問題のない土壌は11%を切っており、現在の世界食糧の大部分をその土壌でまかなっている。ところが、それさえも経済生産性により他の産業に土地を奪われ減少していっている。
 
 従って、これからは、人口圧がかかっていてなおかつ問題のある土壌を開発していかなければならない。それにはエネルギー・金・労働力がかかるが、そういったことを余儀なくされている、というのが土壌学から見た将来的な展望である。
 
 本講義ではこのような課題に対してどのような研究が必要であり、どのようにして各国が自らの食糧生産力を向上させていけるのか、ということについて指針を得るため、ブラジルのオキシソル開発と中国の土壌侵食の現状を例として見ていくことにする。
 

Wブラジルのオキシソル開発


a米国資本の開発
 前述のとおり、米国の大資本が開発を進めている。開発するのは未開発のオキシソルだけであり、すでに開発したオキシソルは肥料を投入するなど費用をかけないと生産性が大きく伸びないことがわかっているので手をつけない。
 
 アーム半径が最大2kmにもなるセンターピボット式スプリンクラーで灌漑し、とうもろこしや小麦などを極めて大規模に栽培している。水に燐酸・カリウム・窒素を混ぜて撒くだけで大きな生産が得られる。
 
 しかし、この方法ではオキシソルのように疲弊しやすい土壌を永続的に利用することはできない。それだけ土壌への負担が大きいのである。
 
b持続的農法
 ブラジルのオキシソル地帯を調査する中で、上の大規模開発とは対照的な持続的な農法にもめぐりあった。カティンガというマメ科の植物(潅木の一種)と放牧を組合せた農法である。
 カティンガは雨期にはやわらかい葉をたくさんつけ、乾期の冬には葉を落として枯れたようになる。マメ科なので土壌に窒素を固定し、肥沃度を向上させる。
 ここに牧草を撒いて生やし、雨期には家畜を放牧するのである。家畜はカティンガの葉も食べるが、あまりあるほどの葉がなるので問題はない。家畜はそこでフンを落とすので土壌は肥える。乾期には弱ったカティンガを守るため、家畜は放牧せず囲い飼いにして雨期に蓄えた牧草を食べさせる。
 このような生物循環系を重視した持続的な農法を取り入れたことにより、畜産生産高は導入前の10〜20倍に増加している。
 
c中国の土壌開発
 世界一の人口を抱える中国は、それを支える食糧生産が極めて重要であるにも関らず、深刻な土壌侵食・土壌の荒廃化に直面している。全長5,800kmの長大な河である黄河も現在は本当に水量が少なくなり、河口にはほとんど水が流れていない。
 この原因は、黄土高原地帯、沖積土壌地帯の諸処でかんがいのために大量の水を使うからである。ここでは、世界で最も土壌侵食が激しい黄土高原と、広大な地域で塩類化が進行しているサンガ平原の二つを見ていく。
 
d黄土高原における土壌侵食
 ここでの典型的な風景は、山のてっぺんまでが段々畑に耕地化され一本の木も生えていない、というものである。一見牧歌的でのどかな風景だが、実際には深刻な土壌
侵食を引き起こしている。場所によっては、10m?100mの幅の崖ができているところ
もある。このような土壌侵食は、人為的要因も大きく寄与しているが、土壌そのもの
の性質・問題でもある。(Picture1)
 
1) 黄土の土壌としての性質
 黄土は、シルトという成分でできているが、粘土分が少なく水にすぐに溶ける。
だから、降雨により容易に崩れる。また「トンネル侵食」という侵食も大きな被害を
生み出している。これは、モグラネズミがあちこちで草の根を食べたり巣をつくったり
するために掘りかえした穴に、雨期の激しい雨が流れ込み、穴の奥が鍾乳洞のように
大きく侵食されることをいう。
 
2) 栽培されている作物
 作物の状態を見ると、水が少ないために有用なバイオマスが成長していない。
アルファルファは水を求める根ばかりが伸びて、維持に多量の水分を必要とする地上部分は成長しない。また小麦もふさが一本しか出ないなど、農業が全く成り立たない状態となっている。
 
3) 山の状態
 放牧のためあらゆる草が食べつくされ、また家畜が歩き回ることでやわらかい土が踏み固められるので、降雨があっても表面流となって流れ落ちてしまう。
 被覆植物がないために降雨を土壌が吸収できないのである。
 このような荒廃した山は元には戻らないのだろうか?この問いに関しては面白い例がある。
 中国では文化大革命のとき多くの山々で大規模な伐採が行なわれたが、文革後、山を徹底して保護した地域がある。そこでは、この20〜30年でまだ木は生えないものの木のパイオニアである。植生はしっかり根付いており、土壌侵食も起こっていない。この例は、十分な保護と時間をかければ自然は強い回復力を発揮する、ということを示している。
 
4)黄土高原での研究
ここで行なった研究を紹介する。世界から家畜がいやがって食べない雑草370種
を集め、そのうち13種を黄土高原に適するものと同定した。これを被覆植物として
繁殖させたところ、侵食が抑えられ有機物が堆積されつつあるという効果を得た。
 
 

X黄河河口域での土壌荒廃


a塩類土壌
 黄河河口域には世界最大の塩類土壌地帯が存在する。乾燥地・半乾燥地では、岩石中に可溶性の塩類が多く含まれているため、灌漑の際水の与え方を一歩間違えると塩類化が起こってしまうのだ。
 ここでは、約13,000種の麦を栽培し、耐塩性の麦30種を品種選択した。これは徐々に農家の間に広まり、浸透してきている。
 塩類土壌は耐塩性の植物を栽培することでなんとか植物生産は可能だが、そんな植物さえも寄せつけない最も困った土壌が存在する。それが、次に見るアルカリ土壌である。
 
bアルカリ土壌
 アルカリ土壌とは、pHが8.5以上で表層が非常に固くなってしまった土壌のことをいう。粘土分子にナトリウムイオンが飽和し、それがコロイドとなって広がり乾燥する時に強固な層を形成することで、強いアルカリ性の固い土壌ができる。このような
アルカリ土壌は、最近までその対策や原因がわからなかったが、現在どんどん広がっている。
 
1)アルカリ土壌の生成機構
 中国の半乾燥地帯では、かつては小麦・大豆・コウリャンなどが栽培されていたが、現在はトウモロコシが最も人気がある。というのは、地上部の植物体が大きく(2m50cm程に成長)、実がなるうえ、他の部分も燃料として捨てるところなく使えるからである。しかし、トウモロコシは水の消費量が小麦の9倍と大きく、その分かんがいに要する水量も大きくなるため、栽培が広がるにつれて地下水位の低下をまねいている。
 このようなトウモロコシの栽培地でアルカリ土壌が広がっている。ポンプで汲み上げた水をかんがいするとき、水に溶けやすいナトリウムイオンは水と共に窪地にたまり、粘土質を取り巻いて飽和し、乾燥してアルカリ土壌となるのである。このようにして、アルカリ土壌は窪地から少しずつ広がっていく。
 
2)アルカリ土壌改良への研究
 アルカリ土壌は、塩基成分にカルシウム・マグネシウムが少なくナトリウムに偏っているという特徴がある。そこで、カルシウムイオンを加えることにより塩基のバランスがとれて土壌改良につながるのでは、と考えた。
 そこで、さまざまなカルシウム化合物を加えてみたところ、硫酸カルシウムが特効薬のように効く、ということがわかった。カルシウムイオンが、粘土質を飽和しているナトリウムイオンと徐々に置換することにより、アルカリ土壌特有の固まりが崩れ、水・植物が侵入できるようになって土壌が改良されていくのである。
 問題は、硫酸カルシウムすなわち石膏が非常に高価だ、ということである。これをどのようにして確保するか、というのが問題となる。ここで、工学部の定方教授等とともに開発したのが、湿式脱硫法である。(Figure3)
 これは、家庭・工場・発電所などから石炭の燃焼によって排出される亜硫酸ガスと、石灰を反応させることで、純度は低くても安価で簡易に石膏を得ようとするものである。中国のエネルギー消費構成は、70%が石炭である。しかも、中国の石炭は硫黄分が多く、また中国では脱硫設備も普及していないため、多くの工場等から排出されるガスには多量の亜硫酸ガスが含まれている。煙突に石灰(中国には大量に存在する)を設置し、そこに水を少しずつ流して亜硫酸ガスと熱水反応させると、少しずつ石膏が生成し灰となってたまっていく。大工場ならばより工業的な生産が期待できる。こうして得た石膏をアルカリ土壌に投入したところ、重量比にして0.5%混ぜて加えただけで大幅な生産性の向上が観察された。また、アルカリ土壌の分布調査には、予算が少ないため苦労したが、自作でカメラをつけたバルーンを飛ばして上空から写真を撮影し、それを画像解析用のソフトで分析した。この方法により、従来では何年もかかった分布調査をわずか1カ月で行なうことが出来た。その結果から、どこにどれだけの石膏が必要で、どこから運ぶのか、ということまで経済性も含めて検討することが出来るようになった。
 
 硫酸カルシウムが一方では酸性雨の抑制に貢献し、また一方ではアルカリ土壌の改良に有効となる、というこの方法は、2,3年前に考え出し共同研究を続けてようやく今年から中国への大規模な導入が始まったばかりだが、地球環境と食糧生産の未来に明るい光を投げかけるものであると思われる。        
             (本稿作成者 木村宰)