「環境の世紀 未来への布石V」報告書

  

第8回 地球環境レジームの有効性について

講師 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学  後藤 則行 

 
目次
      序
      1 国際社会における地球環境問題
      2 国際政治学における現実的見方の起源
      3 地球環境レジームの形成
      4 環境レジームの有効性に関する諸研究
      5 講義後のディスカッションより
  

 これまでの講義では、環境倫理や自然科学的な話であったが、それはもしこうであれば環境問題のインパクトは減らせるという「if−then」の構造をもっている。バランスを取る意味で今回の講義では、現実主義的立場から国際社会の問題を考えていくことにする。
  
1 国際社会における地球環境問題
 環境問題が世界的関心事となったのは、1972年のストックホルムでの人間環境会議以降である。学問的にも歴史の長いものではないので、まだまだ試行錯誤の段階にあると言える。地球環境問題の解決には、フリーライダーの排除が不可欠なのであるが、そのためには環境レジームの形成が必要となってくる。国際協力・国際協調においてこのレジームはどれほど有効なのか、これが重要な問題になってくる。
  
2 国際政治学における現実的見方の起源
 N.マキアヴェリ(1469-1527)の「君主論」、T.ホッブス(1588-1697)の「リヴァイアサン」などに見られるように、人間は邪悪で自然状態に置かれたときには闘争状態にあるという認識のもとに立つなら、冷徹な君主・強大な国家権力がなくては秩序を保つことができないということになる。

cf)アダム・スミスの見方 人間の利己心についての見解は一致しているが、A.スミスは結果的には秩序がもたらせると主張した。(神の見えざる手)

---両者の認識の違いは、幸福が経済学的な絶対的なものか、他人より上であることを条件とした相対的なものかという所にある。

  
3 地球環境レジームの形成
3.1 レジームの定義

 ある国際政治的な問題領域においてアクター(国家、企業、機関、市民等)の期待を収斂させる規範、原理、ルール、政策決定手続きのセット[Kransner1983]---具体的には、条約から戦争はいけないといった原理まである。環境レジームは現在のところ、温暖化レジーム、酸性雨レジームといった個々の問題に対して生まれている。

3.2 レジーム形成の条件に関する3つの基本的見方

T 新現実主義(力)

 国際システムは基本的にアナーキー(世界政府の非存在、分権的システム)であり、構成単位としての主権国家は事故利益(イデオロギーや経済力に依存)を追求し、結果としての国際政治はパワー(力;軍事力や経済力)の配分によって決定される。

 覇権(ヘゲモニー)安定

 パクス=ブリタニカ、パクス=アメリカーナに代表されるように、歴史的に覇権によって秩序がもたらされた事例は多い。

 ゲーム論的均衡

冷戦構造に代表されるように、勢力均衡が秩序をもたらされるケースもある。

U 新自由制度主義(制度)

 基本的には、新現実主義の前提を踏襲するが、より国際制度の独立性と重要性を重視する。国連がアメリカの意向を反映しているといっても、常に従属しているわけではない。そうした一定の独立性に注目した見方である。

V 認識共同体理論

 認識共同体による知識の提供の役割を重視。

《地中海計画》

地中海の環境汚染に関して、専門家が横のつながりで対応し成功した事例。

---ハード(軍事・経済)からソフト(知識・情報)への力の変化

  
4 環境レジームの有効性に関する諸研究
 上記の見方をこれまでの環境レジームに関する歴史に照らすとどうなのか。

T 国際交渉の特徴「ヤングの制度的交渉モデル」

(1) アクターの多様性

 コンセンサスが原則の国際交渉においては、各国が拒否権を持っているともいえ、非効率で実効性が乏しい。

(2)帰結の不確定性の影響

(3)状況の不確実性の影響

 不確実な状況では、自己の将来が読めないので、できるだけ公平な仕組みを作るであろう。(ロールズの「無知のヴェール」)

(4)脱国家的連携の発生

 交渉の進展状況や外生的ショックにより、予期せぬ国家連携が発生

(5)他の問題とのリンケージにより合意が促進

U 環境問題の有効な管理の基本的条件

   政府の高い関心

  温和な契約的環境

   実施の能力

 これらは、比較的当たり前のことで、これらをどうしたら実現できるかが課題であろう。

V 環境管理の教訓(「サンド、H.ピーター、「地球環境管理の教訓」国際書院、1994)

 画一的でない基準

   選択的誘引〜資金や技術の供与、特別条約など

ex)「文化遺産及び自然遺産の保護条約」(1972)   
 財政状況に応じて、対象保護のために世界遺産基金より財政援助

  「モントリオール議定書」(1987)  
 フロンの少量生産国は生産増大を認められた、また、途上国は実施条約を10年間延期などの特別条項

  条約の義務における差異の設定  

 良いか悪いかは別として、条約の採択に寄与していることは間違いない。

ex)「京都議定書」(1997)
温室効果ガスの排出抑制量に差異

   地域的な国家グループごとの対応  

ex)「バルト海に関するヘルシンキ条約」(1974)

  「地中海に関するパリ条約」(1974)

「地中海の保護条約」(1976)

   クラブ内のクラブのイニシアチブ

ex)「ヘルシンキ議定書」(1985)    
 10カ国からなる自発的な「30%削減」宣言

 条約発効の促進

   条約の暫定的適用

ex)「長距離越境汚染条約」(1979) 

 「暫定的に条約の実施を開始し、条約発効までできる限り義務を履行する」ことを決議し、暫定執行機関を設置

   ソフト・ローの活用 

ex) UNEP管理理事会による一連の「環境ガイドラインおよび原則」
  OECDによる「勧告」

   委任立法 ---批准回避のための基準を採択、定期的改正の機能を政府間機関に委任

  
5 講義後のディスカッションより
Q  国際交渉のアクターとしての企業・産業NGOについて

A  従来の学問のフレームワークにはなじまないが、国際交渉に通産省が強い影響力をもつことから分かるように、強い影響力をもつことは間違いない。ただひとまとまりに企業といっても保険会社が温暖化防止に働きかけるように、単純な認識では捉えられない。

Q  温暖化においてアメリカの状況はどうか。

A  世論的にもアメリカでは、温暖化に対する危機意識は薄い。産業界の圧力もあるが、もともと温暖化の影響の少ないとされるアメリカでは、意識も含め温暖化対策を推進して雰囲気はない。現段階では京都議定書を議会が通す可能性は非常に低い。

Q  世界的な環境問題を解決していくには、どうしたらよいのか。

A  人々に環境意識が浸透しないのは、「情報が浸透していること」「それでも尚、経済や快適さが優先される」ことがある。勿論、十分な情報伝達は必要だが、それだけでは不十分である。現実主義的に見るならば、もし本当に環境が最優先事項であるならば、人々の意識も環境を守る方向性に行くであろう。まだ現段階では、本当に最優先事項なのか判断しかねる状況というのが実状であろう。

  
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