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国際環境規制・援助の政治学・行政学−自動車排出基準、中国石炭燃焼問題への対応を素材として−

7月6日 城山 英明

はじめに

 政治学、行政学という分野を研究しています。法規制がどのように作られ、実施されているのかが関心事です。ここ5年くらいは環境政策に関する話を考えています。特に、国際的な政策と国内の政策はどのように関連しているのかということです。具体的には、これまでAGSのプロジェクトを行ってきました。社会科学的研究者と自然科学的研究者の会話がないと環境の分野での意味のある話し合いはできません。また、科学技術と政策の関係も、私の強い興味の1つです。国際的な科学の専門家のグループが言うことには、強く信頼が置かれがちですが、実はそんなことはなくて、訳の分からないこと、つまり不確実なことがたくさんあります。そうなると政治的な操作が行われる部分がでてきてしまいます。

 今日は、自動車を題材に具体的な話をしてみたいと思います。


城山英明

 今日の講義の主題を大まかに言うと、

科学技術
政策
社会=企業、NGO

がどのような相互作用を及ぼしあっているのかということです。これを、自動車を題材に考えてみたいと思います。


環境行政の基本的課題


(1)リスク評価-多様な規制最下の源泉


(1)科学的な不確実性は常に残る

 科学の役割は、何がわかっていて何がわかってないのかということを区別することです。科学的な不確実性は常に存在しているのですが、従って、その中で政策を決定することが必要とされます。その際に留意するべきことは、

・予防原則・・・起こるかどうか分からないが、起こると大変な事態に陥る、あるいは不可逆的なことについて予防的な措置をとること
・Non Regret Policy・・・しばらく様子を見てみる

―― 一般人と専門家のリスク評価の差異

 原子力のリスクと、交通事故のリスクはどちらが大きいかというと、交通事故の方が大きいのです。しかし、一般の人は、交通事故よりも原子力に大きな危険性を感じています。これは、自然に人々が予防原則的な思考回路を持っているということがいえるかもしれませんね。


(2)地域的条件の差異−曝露など

 例えば、排気ガスがどのように人々の健康に害を及ぼすかというと、単純に排気ガスがたくさん出ているからということではないのです。もしかしたら、風で流されるかもしれません。人がどのくらい被害を受けるかは、大気や地形の状態によって変わってきます。だから、東京の車と北海道の車は違う環境基準を持っていてもよいのかもしれませんが、多くの場合は単一の基準が設定されます。その理由は、

・企業の論理・・・規模の経済を追及する。
・モニタリングの困難さ・・・どのように異なるのかが示しにくい。

環境基準は、科学技術によるだけではなく、企業や政府の論理に左右されます。


(3)リスク・トレード・オフ

 社会で使えるリスク選択は限られています。例えば、オゾン層問題でフロンを使わないようにしようという議論が進められ、代替フロンが使われ始めたのですが、後に代替フロンが地球温暖化に大きな影響を及ぼすことがわかったのです。どちらのリスクを減らすことを優先するか?は大きな問題ですね。ディーゼルは燃費効率は良いですが、SPMを多く出します。ガソリン車はその逆であります。その際、どちらを選択するかは科学的な判断ではなく政治的な判断によって決められていくのです。


(2)環境利益と経済利益

企業にとって重大な関心事項とは、なんでしょうか。確かに環境基準も大きな関心です。でもそれだけではありません。経済的な利益が、勿論常に追及されています。しかし、その2つが常に背反かというとそうではなく、経済的な利益追求が環境負荷の低減に役に立つ場合もあるのです。

<環境規制の国際的な調和化についての議論>

・「底辺への競争」・・・環境規制の低い地域に企業が移動する。
・「頂上への収斂」・・・ある国が高い環境基準を設定した時、その国にモノを輸出している国でも高い基準を採用し始めます。

 企業も様々な対応を行っていきます。


国際環境規制−自動車環境規制を主たる素材として

(1)初期排出

1980年代

・アメリカ ・・・ 1970年 マスキー法(厳しい自動車排ガス規制) 厳しい法律を作っても全く実施できなかった。←自動車業界の反対。最終的に実施は1983年まで遅らせられ、しかも基準もかなり緩められた。

・日本 ・・・ 1975年 米国モデル(マスキー法)が実行される。←公害への強い関心、地方政治力の圧力、貿易関心(アメリカが実施するという予測。アメリカに輸出するためには日本の対応も必要。)、技術検討会レジーム(各企業の開発状況に関する情報をシェアする仕組み。業界の中での開発競争が促される。当初、トヨタやニッサンなど大手企業は規制に反対していたが、ホンダやマツダなどが賛成し始めた。その後数ヶ月のうちにトヨタやニッサンも賛成し始めた。規制をかければ企業は自分でなんとかする =technology force という例)、燃料(70年牛込柳町事件:自動車からの排ガスにより鉛中毒がおこったという噂が広まった。実際は噂にすぎなかったが、この事件により低鉛化=ガソリンから鉛を取り除く が進んだ)

・ヨーロッパ ・・・ 当初はかなりいいかげんだった。1980年代の前半まで排出規制は無視されていた(no Regret Policy)。1980年代になり酸性雨の被害が森林に出始めてから、対策が必要とみなされていく。


城山英明

(2)最近の排出燃料規制の収斂

・日本 ・・・ (NOx0.25g/km)→2000年新短期規制(97年末答申ガソリン車NOx0.08g/km)、2007年新長期規制硫黄分(軽油):93年2000ppm、97年500ppm、さらに検討中

・アメリカ ・・・94年「第1段」規制(乗用車約NOx0.4g/km)、98年「第2段」規制案(2004年以降発効予定)(乗用車NOx0.07g/km)
硫黄分(ガソリン):98年提案・現状300ppmを2004年30ppmに

・ヨーロッパ ・・・指令98/69:2000年ガソリン車NOx0.15g/km、2005年0.08g/km
指令98/70:硫黄分ガソリン車2000年150ppm、軽油350ppm、2005年ガソリン・軽油とも50ppm

1980年代の自動車排ガス規制はかなりバラバラだったが、最近になりかなりハーモナイゼーション(調和)が進みました。

(3)温暖化のための燃料規制

・日本・・・98年省エネ法の改正 「トップランナー方式」(燃費の一番良い車を基準に、基準を設定する)を採用。ex)ハイブリッド車は除かれた。トップランナーすぎるため、他の車がついていけない。

・アメリカ・・・93年CAFEプログラム強化(燃費規制の強化)が試みられるが失敗 技術開発にお金を使うことが進められる

・ヨーロッパ・・・自動車工業会・欧州委員会で自主協定を結ぶ(2008年までCO2を25%削減するという内容。しかし、どの自動車会社がどれだけ、という具体的な部分は示されていない。自動車工業会はディーゼル車を売ることでCO2を減らそうとしており、もしディーゼルが使えないのであれば25%は達成されない、とされた)


(4)業界主導の調和の試み


<自動車業界の自主的なハーモナイゼーション>

 95年 TABD(環太平洋ビジネス対話)=環境安全の基準の調和が図られる
98年 世界燃料憲章=日米欧の自動車業界が石油会社に燃料の改善を求める
背景)自動車会社の被害者意識:自動車会社ばかり燃費効率の改善に努めてきた。石油会社の努力がもっとほしい。

<国連欧州経済委員会第29作業部会>

高レベルでのハーモナイゼーションが求められる議論が展開。


(5)WTOのTBT協定

各国で排出基準が異なると貿易障壁になるため、なるべく国際基準をつかうようにしなさい、という内容。


(6)小括

(1)リスクトレードオフ;ディーゼルかガソリンかでヨーロッパと日米はかなり異なる。
(2)高レベルでの調和化;かなり進められてきた。
(3)調和化のレビューの場の正当性;誰が基準を正当化するのかという問題が残っている。


3.中国の石炭問題

 中国では石炭が主なエネルギー源です。大気汚染や酸性雨が引き起こされます。これをどうするかが重要なイッシューとなっています。改善するために、

(1)石炭発電所にプロジェクトファイナンス:WBなどが行ってきた。
(2)制度建設・モデル都市プロジェクト:WB重慶汚染管理産業改革プロジェクトなど。
(3)技術移転

などが行われます。しかし、実施段階で様々な問題が生じていきます。

(1)セクター・形態の偏り:対策が発電所に偏っている。
(2)石炭回避の可能性:中国に援助を行おうというワシントンポリティックスに批判するNGO。
(3)環境規制:たとえば硫黄酸化物規制の場合、排出汚染費が存在するが、不十分(汚染したほうが、対策を行うよりもコストが低くすむ)
(4)金融危機:省エネルーギー投資等比較的短期で改修される「相勝ち」の投資がなされない。

レッスンをまとめますと、

(1)リスクトレードオフと両立可能性:トレードオフの関係にある温暖化対策(国際的関心)と都市公害対策(中国側関心)、どちらを重視するか。
(2)貿易の観点からの援助案件


 今日は、国際的な調和化と国内の課題をどうおりあいをつけるかということが如何に難しいかということを自動車を例に考えてみました。例えば日本で自動車環境基準でかなり厳しい基準を作ったとき、他の国は「WTO協定違反だ!非関税障壁だ!」という風にクレームがつき、国際機関で調整されていくのです。つまり、環境基準に対して貿易の観点からモノが申されるわけです。ここでは、貿易の観点からの意見がどれほど重視されるべきなのかと、重要な問題がでてきます。また、繰り返し述べてきましたが、リスクトレードオフが存在しており、政治的な意思決定がおこなわれる際にどうするかという問題が出てきます。このような問題を考える際には、政府、企業、市民の連携をどのように作っていくのか、が重要な課題となります。法的なシステム設計の問題、政治的な問題、経営学的な問題が絡みあっているのです。如何に複雑かということがわかっていただけましたでしょうか。






質疑応答


Question

 新しいタイプの低公害車は今後どのように普及していくのでしょうか。


Answer

 技術革新を社会がどう受け入れていくかという問題ですね。例えば燃料電池自動車に関しては、長期的にはかなり有望な技術ですが、短期的に見たときに、水素供給の仕組みやコストの問題が出てきます。従って移行期間にはメタノール車や天然ガス車の可能性があります。しかし、それらの車にも環境負荷の可能性があり問題は単純ではありませんね。また、燃料電池車のための水素をどのように取り出すかということにも複雑な対立があります。かなりむずかしい、というのが現時点での私の感想です。



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