第4回講義内容

5月17日

「土壌から見た地球環境」

教 官:松本  聰
所 属:東京大学大学院 農学生命科学研究科応用生命化学専攻
配布物:なし

<講義内容>

土壌圏科学研究室 教授

テーマについて
砂漠の緑化がテーマ(日本にないのにどうして)
21世紀半ば 人口100億人
食糧増産はかなり窮屈に
現在は余裕がある(金さえ出せば手に入る)
→自国内消費のみで手一杯に
そこで、食糧増産のために、土壌資源を考える
砂漠をうまく利用すれば、生物生産性を上げられる

砂漠の土壌
岩石が風化して形成
雨がないのに、どうして風化するのか
砂漠では日中と夜間の温度差(日較差)が大きい
熱膨張の異なる含有鉱物が、大きな温度差によって、岩石が崩れ、粉体化
(物理的な風化)
岩石(→砂漠土壌)には、植物の成長に必要なものがほとんど含まれている
足りないのは、水(きれいな水)、N(窒素)、P(リン)
しかし、多量に水を与えると、
 地中の水可溶性物質(塩)が地表に集積してしまう → 塩類土壌
塩類土壌さえ避ければ、砂漠が食糧増産につながる土壌となる

自国に砂漠土壌があると、どこの国も非常な大金をかけて開発しようとする
しかし、現在の農業は、環境負荷が大きくなってきている
中国にも塩類土壌がある
また、それ以前に、他の土地でも土壌侵食されやすい
例として、黄土高原58万km^2
 (黄土高原内の都市、西安は昔の都、肥沃な黄土おかげで繁栄した)
ちなみに、4大文明はいずれも土壌の肥沃な所、現在の文明も同じ
しかし、文明が発達すると、農業が発達
 → 他の産業も発達
  → 土壌がダメに
どの産業が土地を使うのか?
単位面積当たりの収量は、農業:工業=1:1000〜1500
工業を始め、農業以外の産業に軍配が上がる

世界の砂漠の現状
世界的な分布では、赤道の両側が、砂漠・半砂漠となっている 陸地の30%
砂漠の土壌の成分は、深浅どこでも同じで、たくさんの塩(可溶性)を含有
 cf. 日本の土壌は、表層は有機物で黒い

中近東(イラン)の砂漠
アルファルファで緑化(アルファルファは空中窒素固定の機能大)
最初にNを与えれば、後は、空中のNを固定
よって、Pだけを与えればよい

現在の砂漠の開発(サウジアラビア)
石油外貨で緑化
大規模灌漑農業 ← 地下1.5kmの地下水(地上からレーザーで検索)
地下水は、化石水(fossile water)
数百年前のわずかな淡水化により、形成
被圧地下水のため、自噴する
井戸を中心に直径2kmの円状の農場が点在
しかし、地下水(化石水)は短期間で枯れてしまう
地下水のうち、真水層は十数cmに過ぎない
真水層の直下には塩水層(塩分濃度は海水の30〜40倍)
真水層とは濃度が大きく違うので、完全に分離している
これで、サウジアラビアは小麦を生産 → 世界第5位の輸出国
生産コスト大→高価格のため、政府から補助金が出ている
→非常に無駄なこと
しかし、一度真水が涸れて、塩水が噴き上げ始めると、
その周辺は絶対に使えない塩類土壌になる

アムダリア川、シムダリア川 → アラル海
昔のアラル海は、2本の河川で水位が保たれていた
しかし、両河川から、巨大運河を引いて、中央アジアの灌漑を始めた
30年前、これを見て、漠然と、アラル海の干上がりを心配した
→ 1990年、実際にアラル海の2/3が干上がっていた
漁船が荒れ地となったアラル海に放置され、荒涼とした土地が広がる
30年前には、アラル海周辺には緑があったのに
現在では、両河川とも国際河川化 そのため、下流では水に苦しんでいる
アラル海はもう絶対に水位は回復しない
一方、灌漑している砂漠でも...下記のようなメカニズムで砂漠化が起こる
砂漠に水を多量に撒く
→ 粘土層の上に停滞水が蓄積される
 → 強い日射で、毛管現象を伴いながら、2mの深さを通って水が蒸発
  → その際、可溶性塩類も2mの深さから地表に上がり、地表に蓄積
   → 塩類土壌化
砂漠は、10〜11月に、わずかに降水がある
この時期に限って、降水量が降水量を上回る
そのため、普段の時期と異なり、水も上から下に潜り、下層に塩を蓄積する
それに対し、日本では常に水が土壌中を上から下に移動しており、
washing(塩を洗い流す)が常に行われている

砂漠のオアシス農業

Khuze(クーゼ)灌漑
素焼きの壺に水を入れ、頭だけ出して地中に埋める
この壺の周囲に植物を植える
こうすると、気温に合わせて、自動的に、壺から周囲の地中に水が出入りする
これをKhuze(クーゼ)灌漑という
また、この辺りを支配するイスラム教では、コーランに水の多度の利用法が
具体的に書かれており、昔の人の知恵が偲ばれる

ピジョンタワー
砂漠の中に高い塔を建てると、鳥は習性上、高い所にフン(N、P)を
するので、塔の下は、有機肥料の倉庫となる
この塔をピジョンタワーという
化学肥料を一切使わない、有機肥料のみで農業を営める

(Q) 砂漠の灌漑は? ずっと続くのか?
(A) 水効率の悪い灌漑はダメ、節水灌漑が重要

(Q) 経団連が中央アジアの砂漠化に対するプロジェクトを行っていると聞いたが?
(A) そのプロジェクトは開始時期が遅すぎる
内容は、塩類土壌の調査のみ

中国の半乾燥地帯(黄河周辺における)
黄土高原 海抜1000〜1500m 土壌侵食
 ↓
三河平原 海抜0mに近い 塩類土壌化
(海面とほとんど同じ高度のため、塩類を防ぐ手だてなし)

黄土高原
漢民族が移住
山が耕されている 木が一本もない
タクラマカン砂漠 → 黄土  冬の大きな風で、黄砂が運ばれる
黄砂は非常にさらさらしている 雨に当たるとすぐ崩れていく
ここの植物は、水を求めて一本の根で水を探し、伸びていく
cf. 普通の土地の植物……根が枝分かれする
かつては大森林地帯 450mmの雨量 決して土壌侵食は起こらない
農耕(漢民族=農耕民族)、過放牧(家畜) → 土壌侵食の原因
河川も雨が降ったときのみ、増水
平地の生産……非常に生産力が高い 漢民族だから
イスラムは、それを真似て、50°の傾斜地でやった
 → 土壌侵食、作物も貧弱
黄土高原は、自然回復力はある(ゆっくりとしているが)

(Q) 水資源は?
(A) 水資源の開発は非常に重要
water harvesting(山の斜面に降る雨を浸み込ませずにうまく誘導する)
特殊な高分子シートを用いた蒸留(西オーストラリアで使用)
 (ビニルハウスのようなものをつくり、蒸発した水はビニルハウスの斜面を
  伝わらせて回収する、一方、残った塩は無機化学工業に利用)
 (特殊なシートは、紫外線に強くなければならない、現在は20年間持つ)
 (価格は安くなってきた)
 水の回収量は、10〜15 l /(m^2) /day
点滴灌漑(植物の根本にのみ、水を与える)

(Q) 一度、塩類土壌になったらもうダメなのか?
(A) 真水で洗うことはできる しかし、真水は高い
そう簡単にはリカバリーできない

(Q) 灌漑をやるに当たって、現地の人の対応は?
(A) まったく、こちらの技術(灌漑)を強要するつもりはない
現地の人の方がはるかに知識がある
彼らには、それまで通りの自分のやり方(dry farming)をやってもらいたい

(Q) 砂漠化の進行が速いと言われているが
(A) ウソです
1960〜1975年に、サヘル砂漠で、深刻な干ばつが起きた
(このときは、最大5万km^2/yearと、急速な砂漠化が起こった)
その対策として、1976年に、UNCDができた
しかし、この間に雨が降り始め、砂漠は元の状態に戻り始めた
砂漠前線は行ったり来たりするもの
現在は(大干ばつ時に比べ)小康状態
小康状態の時は、砂漠は元の大きさに戻る
「砂漠化の進行が速い」というのは、
 「砂漠化」を拡大解釈して、宣伝した人がいるため
また、我々は、砂漠化してしまったところを再び緑化することのみ目的がある
サヘル砂漠のような純然たる砂漠を緑化するつもりはない
地球のエネルギー収支をおかしくするつもりはない
純然たる砂漠を緑化するのは、大馬鹿者 水を無駄にするだけ

<講義のつづき>

西オーストラリア
現状
空中写真で、土壌の善し悪しがすぐ分かる
(緑色の所……土壌が良い 作物が枯れた所……土壌が悪い)
西オーストラリアで、今年10月から緑化の研究・実践を行う

研究 − 地域開発 − 食糧生産基地
  |
 情報基地

何故、西オーストラリアなのか?
 → 南半球で気候は逆転、日本と緯度が同じで、親日的
金鉱地帯は、かつては緑があった
しかし、金があったため、開発し、半砂漠地帯に
金を採った後の泥を地面に放置 雨で塩が流れ出た
湖も全て塩水湖(海水の20〜30倍の塩分濃度)に

緑化
先ほどに述べた高分子シート利用のビニルハウスで水を確保
サーモゲルを利用
(機能性ポリマーの1種、30℃以上で水を放出、それ以下では吸収)
砂漠開発を如何に合理的なやり方でやっていくか

砂漠以外の土壌資源
砂漠以上に、手を着けるべき重要な土壌資源もある
例えば、

三河平原(中国)
塩抜きしても、FeS(パイライト)ができる(FeSは、大気中で分解)
Feは鉄バクテリア由来、Sは硫黄バクテリア由来
FeSにより、さらに土壌が酸性化
(その後、雨が降れば、少しずつ、まともな土壌になって行くが)
日本の干拓技術(世界最高水準)が生かせるはず
 干拓技術:海水が入ってこないようにするのが主

メコンデルタ(ベトナム)
手つかずの干拓地土壌
たくさん雨が降るので、砂漠よりももっと良い方法で、利用できる

ちなみに、有料農地(手をかけなくても良い土壌)は、
世界の10%弱に過ぎない(いずれ、9%に転落する)
工業化したいので、各国は、有料農地を守ろうとはしないだろう
諸君の生活体系、倫理にかかっている

(Q) 緑化、農業 経済的には成り立つのか?
(A) 成り立つ
VA菌根でNを固定
化石エネルギー(化学肥料もそう)をなるべく使わない
確かに、緑化は大きな賭け
設備投資のお金は仕方がない
今のうちに将来の富を作っておく 代替エネルギー開発と同じ

(Q) とのくらい緑化できるのか?
(A) 純然たる砂漠は33% ここに手を着けるのは極めて危険
残りの25〜27%は、半砂漠(一部は森林化も可能な土壌)
砂漠を緑化してできた森林を100%農地にはできない
農地は、独善的な栄養分収奪地
 しかも現在は人間が農作物を食べた後、物質循環なし
昔は、農地の周りに必ず森林を作った
 森林 → 農地 (落葉で栄養分補給)
 森林は、海の魚を食べる鳥を呼び込み、乾物(N、P)を降下させる
人間もこの物質循環の方策を考えるべき
世界で、どれくらいのcapacityがあるか?
エントロピー維持(=物質循環)がうまく行ったら、地球には30億人住める
しかし、現実には50数億人も住んでいる

また、土壌の風化も考えなければならない
土壌の形成は、熱力学第2法則に従う
 土壌からの養分により、仕事(農業生産)が行われる それを我々は利用
 しかし、その分の養分を、全部は、土に返していない
悲観的にならざるを得ない
エントロピーの増大を抑えるのは、物質循環
これがいつまで続くのか
現実には、外国から食料を輸入し、食べた後、それをわざわざ海に捨てている
(つまりN、Pを海に捨てている)

実際には、中国には15億人いる
しかも、農業を捨てて、皆都市に行く
中国は絶対に食料を輸入したらいけない
そんなことをしたら、世界の食糧の需給バランスが崩れてしまう
三峡ダム アスワンハイダムと同じ やってはいけない
やれば海水の遡上を招く(三河平原状態に)
しかも、揚子江下流域は、塩に弱い米作地
現代の中国は徹底した個人主義 拝金的 しかし、昔の中国は良かったはず

(Q) マクロで食糧が足りても、貧富の差が拡大したら、...
肥沃な土壌と富裕国には相関はあるのか?
(A) 砂漠化で悩む国 → 生産性が低い、人口圧がかかっている
cf. 生産性が高い、人口圧が低い …… 西ヨーロッパ、オーストラリア
土壌が悪いところほど、人口圧がかかっている 人口を減らすべき

(Q) アフリカは?
(A) 土地の生産性が極めて低い 疲弊しすぎている
教育レベルが低すぎる
だから、人口圧がどういう結果につながるか考えずに、人口を増やす
強烈な人口政策が必要 物質循環も必要
森林を植えることから始める
しかし、これは現地の人がやるべき
ボランティア活動が甘やかしてはいけない
今のアフリカは、根底から貧困状態と言える
どうすればいいのか、分からない
言えることは、土壌をよくすることだけ...