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地球環境時代の日本の環境政策

6月30日 倉阪秀史


4 外部性プロセスに基づいた構造の把握と政策決定

 「外部性の要因の発生」から「外部性の実現」にいたるプロセス外部性プロセスといいます。外部性プロセスを把握し、政策判断の材料とするため、ここでは以下の3つの軸を用いて分析します。

  1. 空間軸
  2. 時間軸
  3. 社会軸

4−1 各軸との関係

4−1−1 時間軸

 時間軸とは、外部性の最初の要因(原因の発生)が発生した後、外部性の最初の実現(被害の発生)までどの程度の時間が経過するのかを示した軸です。マーシャルの時間区分を用いて、ここでは時間軸を3つに分けます。

 ただし、この分類は具体的政策を講ずるまでの時間的な余裕を表すものではないことに注意してください。時間軸で「長期」あるいは「超長期」に分類される問題の場合、政策の内容が幅を持つという意味になります。

4−1−2 空間軸

 空間軸とは外部性要因(原因)が発生した場所と外部性(被害)が実現する場所との間の空間的な広がりを示します。空間軸は以下の3つに分類できます。

 生活圏内の問題とは、外部性要因が発生した場所と外部性が実現する場所が同じコミュニティに属する場合、国家圏内の問題とは、原因が発生している場所と被害が発生している場所とが同じコミュニティには属さないものの、同じ国家圏内にある場合を指します。ここで大事なのは、どの空間軸に位置するかによって、政策を行なうべき公的主体が変わってくるということです。もし、ある公的主体は原因が発生している場所のみを管轄していて、被害が発生している場所に対しては管轄が及ばないとしたら、その公的主体は政策を講じる動機付けを持ちません。逆に、被害が発生している場所だけを管轄する公的主体には、原因を抑制する手段を持ち得ません。このような場合はそれぞれの政策主体の利益に関わらず公的な主張ができるNGOが重要な役割を果たすことになりますが、それは後で改めて述べることにしましょう。

外部性プロセスの把握のための立方体
4−1−3 社会軸

 今述べてきたような時間的空間的なずれが発生すると、外部性要因が社会的に広がってしまう可能性があります。繰り返し述べてきたように、外部性要因が発生している段階では、それがどういう帰結をもたらすかは予測できないケースがほとんどです。被害が顕在化し原因が特定された段階で、初めてそれを防ぐための対策が可能になるわけですから、それまではその行動が環境問題を発生させているという認識もなく広がっていくこともあります。だから、外部性を発生させる行動がどの程度社会的に広がっているかということも政策判断する上では重要になります。

 このうち特定様式とは、ある特定の行動主体が外部性要因を発生させていることを意味し、特定様式は類似した経済活動を行なう全ての行動主体が外部性要因を発生させていることを表します。普遍的問題とは、全ての経済活動に普遍的に起因する問題を指します。具体的には二酸化炭素の排出や廃棄物の発生などがこれに該当します。


 以上のような外部性プロセスを基に環境問題を把握すると、環境問題の現れ方が多様であるということが理解できると思います。右の立方体は、今話してきたことを図示したものです(環境問題マッピングの図の完成版を入れてください。後から補充的に配ったプリントです)。地球温暖化問題は超長期・超国家圏・普遍的行動の問題であることが分かるでしょう。

4−2 問題の構造と政策決定

 ではこうした問題の構造が政策をどのように規定するのか順番に考えていきましょう。

4−2−1 時間軸と空間軸

 まず時間軸・空間軸は、政策形成の枠組みに必要な時間的・空間的広がりをそれぞれ規定します。

 時間軸の場合、短期の問題では、組織条件を変えることができないので、政策としては禁止や回避という形で直接的な規制が用いられます。長期の場合では設備投資が可能になるので、原因を発生しない技術や管理方法を普及させていくことが可能になります。超長期の問題では技術や嗜好など社会条件のレベルで影響を回避することが必要となってきます。

 空間軸の場合で問題になってくるのは、国家圏内・超国家圏内の問題です。この場合、既存の公的主体が管轄する範囲と外部性との広がりは、現実には一致していないケースが多いのです。公的主体は管轄権に縛られてしまいますが、NGOなら管轄権に拘束されることなく公的な主張をすることができます。だからこそ、とりわけ地球温暖化のような国家の管轄権を外れる超国家圏の問題では、環境NGOの存在が重要になってくるわけです。また国家圏の問題でも、NGOは従来の政策形成主体が主張できないコモンズ(共的資源)の利益を代弁することができるため、その役割は重要だといえるでしょう。

4−2−2 社会軸

 社会軸の分類では、外部性を内部化する法的規範や行政行為の種類が規定されます。特定行為の段階ではあくまで特別な行動ですので、禁止するという規制的手法が意味を持ちますが、特定様式普遍行動になるとそうはいきません。特に普遍的な対象に対して個々の責任を問う政策を導入したところで効果はあがりません。政策を考案する上で重要なことの1つは、守られる法律を作るということです。守られない法律を作ることは、法律全体の信頼を揺るがすからです。従って、規制的手法が通用しない問題に対しては、別のインセンティヴを設定することが必要となってきます。これについては後で述べましょう。

 ここまで「環境系モデル」における外部性プロセスと各軸ごとの政策決定との関わりについて見てきました。ここで1つ断っておきたいことがあります。3−2で私は従来の外部性モデルとその内部化という考え方は、政策の現場ではほとんど役に立たないということを話しましたが、それはこのモデルでは現下の問題に対応できないという文脈で話したのであって、以下のような条件が整っていれば、なお、外部性を内部化するための従来の環境経済理論は有効だと思います。

  1. 空間的広がりに応じて、適切な公的主体に問題解決のための権限が与えられていること(原因と被害の発生の場の双方を公的主体が常に管轄できている場合)
  2. 政策的自由度がある程度確保されていること(時間軸的・社会軸的に政策選択の幅が確保されている場合)  
  3. 2. と関連するが精神的外部性に該当すること



5 日本の環境政策

 ここまでは理論の話でした。では具体的に環境政策が、わが国においてどのように展開されてきたのかを見ることにしましょう。

5−1 環境問題の様相の変化と環境政策の歴史過程

 時代に応じて環境問題がどのような変遷を遂げ、またそれらに対処する政策がどのような過程を経てきたかに注意して聞いてください。

5−1−1 昭和40年代

 日本において本格的な環境政策が始まったのは、高度成長による激甚な公害が顕在化した昭和40年代のことです。ご存知のようにこの時期には4大公害訴訟が提起されました。当時の環境対策は、公害対策と自然環境保全に関する2つの基本法から成り立っていました(公害対策基本法1967年・自然環境保全法1972年)。基本法は、個別法の上に位置し、個々の施策を方向付けるという意味で、憲法に最も近い法律です。また、1972年に世界で初めて環境に関する国際会議「国連人間環境会議」がストックホルムで開催されました。開催日の6月5日が「世界環境の日」になっていることは皆さんもご存知のことと思います。

 当時の環境問題は、特定の発生源が原因となって、被害が短期間に局地的に発生することが特徴でした。

5−1−2 昭和50年代

 しかし、昭和48年の石油危機による景気後退で、景気の回復に重点が置かれたため、環境政策は大きく後退することになります。この時期に環境庁から提出された法律はわずかにとどまります。9年間全精力を傾けて取り組んだ環境影響評価法の法制化にも失敗しました。

5−1−3 昭和60年以降

 1987年が環境行政の分岐点となります。停滞していた日本の環境行政を変えたのは、外圧でした。第1は野生動物の国際取引に関するワシントン条約の国内法化、第2はモンリオール議定書の採択に伴うオゾン層保護法の制定です。こうして環境庁内に、法案作成のノウハウが蓄積されてきたこと、また法案を提出するかどうかを選択できる筆頭課の総括補佐クラスまで環境庁採用の官僚が昇進するようになったことで、環境庁も法案を積極的に出すことができるようになってきました。それまでは企業でいうなら中小企業の力しかなかったことから比べると大きな進歩です。またストックホルム会議から20年後にあたる1992年には国連環境開発会議(地球サミット)が開かれました。この地球サミットの成果を生かす形で制定されたのが1993年の環境基本法です。ここにおいて公害防止と自然環境保全が環境への負荷という概念のもと統一的に扱われるようになりました。私はリサイクル法に始まり、環境基本法・環境影響評価法の法案作成に携わりました。

 この時期から環境問題は、以前のものとは様相が大きく多様化してきました。具体的には、多数の発生源から環境負荷が集積して問題となり、また次世代になってから被害が顕在化する問題が生じてきたこと、被害が国境を超えて広がるようになったことです。

 このように現代においては、外部性プロセスにおいて時間軸・空間軸・社会軸の位置がより大きい問題が顕在化してきているといえるでしょう。

 同じ変化が公害問題の中でも起きていることを次にお話します。

5−2 問題様相の多様化

5−2−1 都市型・生活型公害

 工場のような固定発生源・点系汚染源から出る汚染物質については、総量規制などの政策によってほぼ解決されてきました。しかし、自動車のような移動発生源や都市の生活雑排水などの面系汚染源が原因となっている場合は、これまでの政策が効果を上げてきたとは言い難い状況にあります。今後の環境政策の課題の1つは、都市型・生活型の公害に対していかに対応していくかということにあります。

5−2−2 人口爆発

 人口が急激に増加したのは19世紀の産業革命以降、化石燃料を商業的に利用し始めたことと密接に関わりがあると私は思っています。一般に資源には更新性資源と非更新性資源(枯渇性資源)の2種類がありますが、化石燃料は枯渇性資源ですから、いずれなくなります。そのときに備えてスムーズに更新性資源に切り替えていくことが課題の一つです。

 かといって更新性資源も安定的に供給されるとは限りません。気になるグラフを皆さんに見せておきましょう。これは『有限の生態学』(栗原康・岩波新書)という本に載っているグラフです。捕食者がいない閉じた環境で急激に増加したトナカイが、環境内の生態系を破壊したため急激に減少したことが読み取れると思います。同じ結末が人間にも起こらないようにするために、環境の有限性に起因する問題をいかに解決していくかということが、今後政策を長期的な視点でに選択していく上でのもう1つの課題となってくるでしょう。

捕食者のない場合のトナカイの個体数の変動



6 新しい環境政策

 3章・4章では従来の外部性モデルや「環境系モデル」による環境問題の把握と環境政策の立案について話してきました。そして、5章では歴史的過程の中で環境問題がどのように変化してきたのか説明しました。

 このように環境問題の様相が多様化してきている現代では、従来の環境政策を超えた戦略的方向性新しい手法が必要となってきます。最後にこの2つについてお話したいと思います。

6−1 戦略的方向性

6−1−1 設計者責任

 人間は一定の目的を以って、周囲の物理的環境を改変しようとします。物理的環境は人間の意のままにできませんから、一度改変されてしまった物理的環境に対して対策を講じるのは大きな困難が伴います。従って、物理的改変を行なう前の段階で対応することが最も効率的であると私は思います。つまり、精神的外部性の段階で常に対策を講じるようにするということです。

 ここでは物理的環境の改変を企図して人工物を作り出そうとする者は全て設計者と呼びます。設計者に、計画の段階から、行為の帰結について情報を収集し、公開する責任を負わせ、設計変更に伴う経済的負担を負わせれば、不適切な行為はおのずと減るでしょう。これを設計者責任と呼びます。

 設計者責任の内容を改めて確認すると

  1. 環境影響を把握する責任
  2. 環境影響に関する情報を開示する責任
  3. 交渉に応ずる責任
  4. 設計変更費用を負担する責任

 となります。設計者責任という概念を軸に環境法を見直していくべきであるというのが私の持論です。

6−1−2 設計者責任に沿った環境政策の動向

 さて、設計者責任という観点から環境政策を見渡すと、現在注目すべき動向として以下の3点が挙げられます。

■ 排出口対策から源流対策へ

 「排出口対策」とは排出された汚染物質や改変によって生じた環境影響に対して適切な処理を施す対策であるのに対し、「源流対策」とは排出そのものを抑制したり、工程・製法(PPM)を管理して環境への影響を生じないようにしたりする対策です。有害となる製品を作らないことに生産の優先順位を置く方が、それによって改変された物理的環境を復元することより効果的なのは6−1−1でお話した通りです。

■ 拡大生産者責任(EPR)という考え方

 汚染者負担の原則とは、被害を防止するための費用や生じた被害に対する補償などを汚染の原因者が負担するという原則です。しかし、これまでの議論では、製品の使用中や使用後の環境影響について責任を負うべき汚染者が特定されてきませんでした。拡大生産者責任は、製品の消費者だけではなく生産者も製品の使用中や使用後の環境負荷について責任を負うという考え方です。現在まだ検討段階ですが、製品の設計段階での環境配慮を進める上で重要だと思います。

■ 環境影響評価(環境アセスメント)
(編注:環境影響評価の御説明は時間の関係で講義中は割愛されましたが、講義後のディスカッションで詳しく伺うことできましたので、それをもとに講義録を作りました。)

 制度化された設計者責任の1つとして、1999年に完全施行された環境影響評価法を挙げることができます。大規模事業の実施前に、事業者はその事業がもたらす環境影響を予め把握し評価した上で、事業の実施内容に反映させなくてはなりません。ここでいう環境影響は、自然環境への影響から公害のような人的影響まで含むので、法律の性格としては統合汚染管理法といえるでしょう。

 事業の実施中、あるいは継続的に事業を実施する場合に環境への影響を把握して管理する仕組みを環境管理システム、その実施状況を監査することを環境監査といいますが、現在は義務づけられていません。将来的には、大気汚染防止法や水質汚濁防止法を統合して「環境管理法」とし、その中で、環境管理システムや環境監査を位置づけることが考えられるでしょう。

 今取り上げた環境アセスメントや環境管理は、手続管理手法というジャンルに属します。

6−2 新しい手法とポリシーミックスの必要性

 時間軸・空間軸・社会軸上の位置が小さい問題については、規制的手法で対応することができました。しかし、規制的手法というのは行政側が望ましい状態について答えを持っている場合に初めて成り立つ手法です。ある製品の設計について行政が答えを持っているわけではありません。全ての設計者責任を規制的手法で実現することはできないのです。

 従って、以下に挙げるような、柔軟で新しい方法が求められています。

経済的手法
経済的インセンティヴを与えることで、設計の段階で環境保全を実現する

手続管理手法
環境に関する情報を公開することで保全へのインセンティヴを設計者に与える

自主的アプローチ
例:企業がアピールのために環境配慮宣言をする

 今まで見てきましたように、現代の環境問題の特徴は時間軸・空間軸・社会軸上の位置が徐々に大きくなっていることにあります。

外部性プロセスの各軸上の位置が小さい環境問題にはこれまでのように規制的政策を行い、各軸上の位置が大きい環境問題には環境保全の観点からの経済政策を行なうなど、個々の環境問題の外部性プロセスの各軸上の位置に応じ、バランスよく政策手法を組み合わせるというポリシーミックスの実現が必要であることを最後に強調して、この講義の結論としたいと思います。



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