環境の世紀VII  [HOME] > [講義録] > 6/30 「地球環境時代の日本の環境政策」[1]

HOME
講義録
教官紹介
過去の講義録
掲示板
当サイトについて


講義録



地球環境時代の日本の環境政策

6月30日 倉阪秀史

編注
 講義のレジュメ、講義後のディスカッション、
 倉阪先生の論文(具体的には『「環境」にかかる
 外部性の特徴と外部性プロセスの考え方』
 千葉大学経済研究第13巻3号1998年3月
 など)を踏まえた上で作成した講義録です。

1 始めに

 まず私の経歴を話しておきます。私は大学を卒業した後、環境庁に就職し、事務官として10余年にわたって環境政策の立案に携わってきました。具体的には環境基本法・環境影響評価法・リサイクル法などを「書く」立場にいたわけです。ですから今日は当時の経験なども生かしてお話ができたらと思います。

 今日は、政策の対象となる環境問題とは何かという話から始めて、どんな視点に立って政策を作ればよいか、そして現実の政策はどのようにして動いてきているのかということをお話していきたいと思います。

倉阪秀史



2 環境政策が解決しようとする環境問題の同定

2−1 環境問題の定義

2−1−1 環境とは何か

 多岐にわたる様々な問題が一括して「環境問題」と括られるのは、「環境」というコアの部分へのイメージが共通しているからだといえます。最初に、私たちが「環境問題」というときの「環境」とは何かということを考えてみたいと思います。

 「環境」はそれ自体としては成り立たない概念です。つまり、取り巻かれるものが何であるかによって意味内容が変わってきます。では環境政策における「環境」とは何でしょうか。1993年に制定された環境基本法第3条では環境の属性について規定してます。(ここでわざわざ属性という言葉を使ったのは、環境基本法そのものには「環境」が明確に定義されていないからです。これは、「環境を定義することで環境政策の範囲が狭まってしまう可能性があり、定義を置かない方が政策範囲を時代のニーズに合わせていくことができてよい」という政策的な判断が当時あったためです。)

 さて、第3条では環境の属性として以下の4点を挙げています。

  1. 生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っている
  2. 人類の存続の基盤である
  3. 限りがある
  4. 人間の活動による環境への負荷によって損なわれる恐れが生じてきている

 ここから導き出せるのは、日本の環境対策における環境とは「人類あるいは人間の活動に対峙する物理的自然的環境」であるということです。この概念は、世界各国を見ても大体共通しているといえます。

2−1−2 環境問題とは何か

 以上の定義に則って環境問題の構造を把握してみましょう。イメージとしては左の図を見てください。まず環境が環境たる所以は、以下の2点にあるということができます。

  1. 物理的な環境は人間の意のままにできない
  2. 物理的な環境の将来を人間は正確に予測することができない

(1)の意味としては、質量保存の法則やエントロピー増大の法則などの物理法則や、木が生長したりモノが劣化したりするスピードのような生物学的営みを思い浮かべてもらえば理解できると思います。また、木を誤って切ってしまったことが後になって分かっても、直ちにそれを元通りにすることはできないことなども(1)の例です。(2)は、全てにわたって人間の行動の将来の結果を予測し、それを加味して行動し、不利益を被らないように確実な結果を生むことは現実には不可能であるということです。

 また、人間の活動は周囲の物理的環境に影響を及ぼさざるを得ない一方で、同時にその環境に依存しているということが挙げられます。

 今述べたような物理的環境に私たちは取り巻かれているということ、また、その環境と人間は相互に依存しているということが前提となって、物理的な環境がもつ物理的価値と心理的価値が損なわれて人間にとって望ましくない状態になることがあります。これが環境問題です。物理的価値というのは、人間が環境から採取できる資源(sourceとしての環境)や、不要になった資源を捨てる場(sinkとしての環境)が確保されているということを意味し、心理的価値とはamenity(住みやすさ)のようなものを与えてくれることを意味していると考えてください。

 しかし、商品やインフラのように、人間がある目的をもって物理的環境を設計して改変し、その機能や目的を実現している限りにおいては、たとえ物理的な実体を伴う環境であっても、環境問題というときの環境には当たらず経済の範疇に入ることに注意しておく必要があります。

環境問題の構造

2−2 環境政策の定義

 政策とは「制度を変える」ことです。一口に人間の活動といっても全てが個別になされているわけではありません。安定の度合いこそ違え、何らかの制度に基づいて人間は行動しているといえましょう。ここでは「制度」を、「複数の人々が共有している思考習慣」と定義しておきます。以上の定義に従うと、環境政策とは、環境問題の解決・回避という観点から制度を変えようとする活動だということができます。

 余談になりますが、こうした制度と人間との関わりあいを研究するのが一般的に社会科学で、人間を取り巻いている物理的環境の働きを客観的に探求するのが自然科学だと私は思っています。自然科学において客観性が成り立つのは、何度もお話したように、人間の意のままにならないからです。




3 外部性プロセスの発現としての環境問題

3−1 従来の環境経済学での環境問題の捉え方

 それでは、社会科学としての環境経済学が環境問題をどのように捉えているか見ていきましょう。

 経済学では、環境問題を外部性の問題として捉えます。外部性とは、簡単に言うとある経済主体と経済主体の間に、市場を介さない直接的な相互依存関係が成立していて、その依存関係の帰結に対して事後的な補償支払いがないという状態を意味します。このうち外部不経済として環境問題を把握するのが主流派の環境経済学者の考え方です。

 環境経済学では、外部性を内部化するという手法を用いることで環境問題の解決を図ろうとします。具体的には、価格調整と数量調整によって、対策にかかる限界費用と対策よって生じる限界便益(対策の効果)との間に社会的に一番望ましい均衡を実現しようとするものです。

3−2 従来の外部性モデルの限界

 私は、今挙げたような外部性の内部化では環境政策には役に立たないと思っています。というのも、直接的相互依存関係の結果として環境問題を把握している限りは、私たちが今直面している環境問題を十分把握しきれないと思うからです。従来の外部性モデルでは、原因の発生と被害の発生とが暗黙裡に同じ時空において生じることが前提となっています。しかし現実の環境問題においては、(原因の発生と被害の発生との間にある)物理的環境のメカニズムによって、原因の発生から被害の発生まで間に時間的空間的ずれが生じるのです。ここから言えるのは2.1で述べたような内部化の手法が必ずしも通用しないということです。つまり、対策にかかる限界費用と対策によって生じる限界便益とを予め調べて比較し市場均衡を見出すことは不可能になるということです。

 従って、物理的な環境が介在して起こるのが環境問題であるという前提に立って、外部性を定義しなおす必要があります。

3−3「環境系モデル」による外部性の分類

※ この節は、講義中の説明に加えて、倉阪先生の論文(前述)を基に再構成して書いてあります

 これから私が定義する外部性モデルをここでは「環境系モデル」と呼ぶことにしましょう。従来の外部性モデルでは外部性の原因と被害の発生との間に時間的空間的ずれがないことが前提とされていたのに対して、このモデルでは原因の発生の被害の発生の間に時空的ずれがある場合ない場合の双方を把握できることが特徴です。以下のように分類することができます。

  • 物理的外部性
    • 直接的物理的外部性
    • 間接的物理的外部性
    • ストック外部性
  • 精神的外部性
■ 物理的外部性

  ・・・実際の行為により物理的影響が生じることによって外部性が発生すること

 ● 直接的物理的外部性・・・ある行動主体から他の行動主体へ直接的に物理的影響が伝わること

特徴:
従来の環境経済学で環境問題として想定されたもの。時空的ずれはない。
例:
騒音・振動・悪臭・河川に毒物が流れて魚が死滅するなどの直接的水質汚濁

 ● 間接的物理的外部性・・・ある行動主体から他の行動主体への物理的影響が「環境の自律的な挙動」を経由して伝わること

特徴:
時空的ずれが生じる
例:
光化学スモッグ・酸性雨などの間接的な大気汚染・生物濃縮や富栄養化などの間接的な水質汚濁・温暖化やオゾン層破壊といった地球環境問題

 「環境の自律的な挙動」を説明するために、ここでは(A)光化学スモッグと(B)水俣病を取り上げておきましょう。

(A)光化学スモッグ

 自動車や工場から窒素酸化物や炭化水素などの一次汚染物質が、太陽光線の照射を受けて化学反応を起こし、光化学オキシダントという二次汚染物質となって、人の呼吸器系や農作物などに影響を及ぼすことを指します。今光化学スモッグの被害が今どこで生じているかというと、北関東の軽井沢のような地域です。軽井沢にはそんな一次汚染物質を撒き散らす発生源がないだろうと皆さんも思うでしょうが、その通りでして東京湾地域で多くの一次汚染物質が発生しています。それが移動していく過程で高濃度の光化学オキシダントを発生させるのです。従ってここでの「環境の自律的挙動」としては、1つは物質の広域的移動であり(この結果、時間的空間的ずれが生じる)、もう1つが物質の化学反応(この結果、多少の時間的ずれが生じる)が該当します。

(B)水俣病

 チッソは汚水でも希釈すれば問題ないだろうと考えたわけですが実際は違いました。工場が排出した無機水銀は、ヘドロに生息するメタン生成菌によって有機水銀に変わり、希釈状態では微量な有機水銀も食物連鎖の過程で何万倍にも濃縮されて健康被害を引き起こしてしまいました。このケースでは有機水銀への変換と生物濃縮が「環境の自律的挙動」といえるでしょう。

 ● ストック外部性・・・ある行動主体の行為の物理的影響が「環境の自律的挙動」を通じて、情報として他の行動主体に伝わること。

特徴:
ある主体の物的資源の利用によって、他の主体の物的資源の利用可能性を減少させることと言い換えられる。やはり時空的ずれが生じる。
例:
非更新性資源(枯渇資源:石油など)の減少や枯渇が情報として伝わって、枯渇資源がなくなってしまうと認識することなど
■ 精神的外部性

 ・・・物理的影響が発生していない段階で情報が伝わることにより、外部性が発生する

特徴:
物理的環境には問題は発生していないが、他の行動主体の心理的環境には問題が発生していると考える。時間的ずれは生じうる。
例:
マンション建設に伴う隣接住民の反対運動など

 時間的空間的ずれを発生させるのは、環境の自律的挙動だということが理解できたと思います。直接的物理的外部性や精神的外部性による環境問題は、従来の外部性による把握と内部化という解決方法が機能します。しかし、今問題になっているのは、むしろ間接的物理的外部性やストック外部性による環境問題です。後者の問題には、従来の手法では十分に対応できません。これらの問題をどのように把握し、どのような環境政策を行なえばよいかを次に話したいと思います。



Next
Top
Back Next