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生物多様性3つの危機と『国家戦略』



4月19日 鷲谷いづみ


イントロダクション

 生物には環境容量という限界がある。

環境容量(carrying capacity)

 生物は、様々な資源に依存して生活しなければならず、また、生活に空間が必要であり、さらに、活動の結果による老廃物等の発生により様々な制約を受ける。これらの資源・空間・機能などの制約による生物の増加の限界のこと。

 持続可能性の前提は人間活動の質と強さを環境容量の中に収めること。 その指標となるのが生物多様性。

鷲谷 いづみ


生物多様性が指標の役割を果たし得る理由

(1)生物多様性がどうして失われるか、すなわち種がどうして絶滅するのかという原因を探っていくこと
(2)生物多様性が失われたら、つまり地域から種が絶滅した場合どういう結果がもたらされるのか

 の両方を考察してみると明確になってくる。
 まず(1)の方から考えていく。カエルはまとまった研究成果があって例として挙げやすいのでカエルで説明する。

コスタリカのオレンジヒキガエルの例

 コスタリカは豊かな熱帯域の自然が残されている国であるが、1987年にオレンジヒキガエルが絶滅し、同時期に20種類のカエルが(その地域のカエルの40%)絶滅した。国際学会でこのことが話題になると、世界中でカエルが消えつつある事実が明らかになってきた。そして、絶滅の原因を探る研究プロジェクトが展開されて疑われる要因がいくつかあがってきた。

・ペット用の商取引のための乱獲

 ペットとして売られるまでの輸送などの過程でどんどん死んでしまうため、歩 留まりが少ないのでたくさんとって、生き残ったものを売るという形になっている。そのため、誰かが1匹ペットを飼うとしたらその背後で多い時は何千、何万匹も犠牲になっている。

・酸性雨

 北半球の緯度の高い地域では酸性雨による影響が大きく、湖が酸性になってり、そこに住む生物が今まで経験したことの無いような環境になってしまい、死滅してしまう。

・オゾン層の破壊による紫外線増加の影響

 人間が紫外線を浴びすぎれば皮膚がんになることから分かるように紫外線は生物にとって有害なものである。カエルは毛も羽も無いので特にその影響を受けやすいのではないかと言われている。

・新奇な疫病の発生(外来生物の影響)

 今まで接触したことの無いような生物によって様々な病原生物(水カビやウィルスなど)がもたらされ、流行病を引き起こす。

・内分泌撹乱物質による免疫系の弱体化

 環境中に広がっている化学合成物質が体の中に取り込まれ、免疫系を弱体化させる。カエルは水の中で生活しているので地域によっては化学的な汚染の影響を受けやすい。海の哺乳動物に関してもこの問題が目立っている。

・温暖化に伴う異常気象(干ばつなど)

 温暖化に伴う異常気象によって干ばつが続いて雨が降らず、オタマジャクシはが生活するための森の中の水溜りが無くなってしまい、子孫が残せなくなった。

・水辺の開発による生息環境の喪失

 水辺の開発によってカエルが生育できる環境自体が無くなってしまう。両生類は生活するために水辺と森林の両方を必要し、さらに両方がある程度近い場所にセットで存在しなければならない。環境に対する要求性が贅沢であり、水辺か森林のどちらか一方が無くなってしまっても地域からカエルは絶滅してしまう。

 これらはカエルに限らず、他の動物に幅広く共通することであるが、何故カエルが20世紀の最後の20年くらいに急激に絶滅したのかというと、他の生物よりやや感受性が高いからである。感受性が高いとはどういうことかというと

  • 幼生期に水の中で生活し、また、毛も羽も衣服も無いので汚染物質の影響や紫外 線の影響を受けやすい
  • 贅沢な環境の要求性を持っている

こういうことから、環境の悪化の影響がいち早くカエルにあらわれたのである。

鳥の声が聞こえなくなったりなど、身の回りから生物が消えていくことが、人間に何か影響するかもしれない環境の変化の兆しだと受け取ることの重要性はレイチェル・カーソンの「SILENT SPRING」で指摘されている。

  • 生活している場所にどんな生物が、どのくらい居て、どういう状況なのかというよ うなことを把握しておくこと
  • 生物が減少し始めたり、絶滅しそうになったり、絶滅した時に、そのことをおろそ かにせずに原因を追求すること

→私達にとっても問題の無い環境を維持していくためにとても重要

 今度は(2)について見ていく。
 自然から提供されるものは様々なものがあるが、単純化すると「自然の恵み」というキーワードでかなりのことが表せる。(食料、燃料、建材、繊維、薬用植物、遺伝子など)やサービス(水や空気を清浄に保つ作用、作物が育つような土地を形成する作用、やすらぎや癒しなどの精神的な作用)として様々なものが提供されている。

 自然の恵みが過不足なく提供されている時は私達はそれを意識しない。しかし、それらが失われてくると強く意識し、何らかのコストを払ってそれらを補わなければならず、補えないようなものなら暮らしや環境に重大な環境が及ぶ。例を挙げればきりが無いが2つ挙げる。

1.「実り無き秋」という現象

 レイチェル・カーソンの言葉であるが、あまり意識されていない。農作物を考えれば分かるが、花が咲いた後に実が実って種ができないと困る。花が咲いても実が実らない、種ができない「実り無き秋」という現象が広がってきている。

例:サクラソウの「実り無き秋」の問題

 花粉を運んでくれるような昆虫(ポリネータ)がいなくなってしまう。この場合トラマルハナバチの女王が重要な役割を果たしているが、植物以上に環境の変化に敏感で農薬などの影響によって減ってしまう。そうするとサクラソウの花が咲いても種が実らないことがある。あるいは個体数の減少によりハチが来ても相性の良い繁殖相手を見つけにくくなってしまい、完全な繁殖がしにくくなてしまう。

 生物は色んな関係を持ちながら、その関係に支えられて繁殖し子孫を維持していくため、そのような関係がなくなると問題が生じる。詳しい研究が実施された260種程度の半分の種で「実り無き秋」が見られている。

2.失われた浄化作用

 川や水辺などのウェットランドが失われることで水を浄化する機能が失われた。土と接触しながら水が流れ、水辺の植物の栄養の吸収や微生物の作用により水が浄化されていたが、それらの生物がいなくなって浄化作用が失われてしまった。経済的にかなりのコストをかけて浄化せざるを得なくなっている。

 絶滅が起こると「自然の恵み」を提供するような「健全な生態系」が失われる。

 現在、「人と自然との共生」とか、「生物多様性の保全」とか、「健全な生態系の持続」というようなことが社会的な目標としてとりあげられることが多くなってきたが、全部ある意味では同じことの違う側面を見ている。
 「健全な生態系の持続」と言う時は、自然の機能に着目している。自然の連携プレーによる、私達にも意味のある働きを含む様々な働きを重視している。
 「生物多様性の保全」と言う時は自然を構成している要素に着目している。機能を発揮しているのは要素と要素間の関係であるので、それが無くならないようにすれば機能は発揮される。
 これらは後の世代の人たちが私達と同じように自然の恵みを享受して生活するための目標であり、持続性、持続可能性ということである。

 ここで、どのくらい絶滅の問題が深刻なのか少しだけ紹介する。現在ではこの問題に対する認識が高まっているので、地球規模あるいは地域ごとに絶滅のおそれのある種をリストアップする作業が進んでいる。できあがったものをレッドリスト(リストにしたもの)とかレッドデータブック(リストに情報が付されている)と読んでいる。IUCN(国際自然保護連合)という各国の政府機関やNGOが加盟しているような国際組織によって編集されている。詳しい紹介はできないので目立つ哺乳類について話す。

 昆虫や微生物、海の生物などの研究が進んでいないため地球上に何種の生物が生息しているのかが全く分からない。推計も桁が違うのでそれをベースに絶滅の危機は評価できないが、脊椎動物と花を咲かせる植物は目立つのでこれらを例として絶滅の危機を評価する。今絶滅しそうなものは、生息数が少ないもの、明らかに減少傾向にある もの、生息域がかなり限定されているものなどを基準としてランクをつける。霊長類は2種に1種が絶滅の危機に瀕している。霊長類の絶滅危惧種の比率が高いのは熱帯域の森林を生息地にしている。この辺りの生息環境の破壊が著しいことが分かる。種数を多くするということから見ると熱帯雨林は重要である。たとえ直ちに熱帯雨林の10%を保護区にしたとしても数十年以内に半数の絶滅が見込まれる。

 カエルを例にして様々なタイプの人間活動が生物多様性を脅かすことをみたが、もう一度みてみる。

  • 乱獲・過剰採集…直接個体を減少させる
  • 生息・生育環境の悪化…高い死亡率、繁殖の失敗
  • 生息・生育場所の分断・孤立化…生息場所のつながりの喪失
  • 侵入生物の影響(外来種の問題)

 いくつもの要因が複合して作用し種の絶滅を加速しあう「絶滅の渦」に多くの種が巻き込まれている。

 ここで、他の環境問題、地球温暖化と対比をしてみる。
 過去42万年に逆のぼる二酸化炭素濃度の変動のデータを見ると過去二酸化炭素濃度は何回も変動しているが、変動しながらもある範囲内に収まっていることがわかる。200ppmよりやや低いくらいから300ppmの間で変動してきた。何が起こってもおかしくないようなところまで進んでいる。
 何をすべきかというと、二酸化炭素濃度を減らさなければならない。現在はこれ以上増やさないことが目標であり不安が残るが、以前の濃度に戻すという目標にすれば安全である。そこまでの合意形成は難しいが、やるべきことははっきりしているのが気候変動という地球環境問題である。

 生物多様性危機は原因が多様で絡まりあっている。様々な開発行為、生物資源を利用する行為、色々な汚染、生物を移動させること(外来種の問題)が原因となっている。絶滅のある危険種を全て救うとなると、多様な要因を限度内に抑える努力が重要であり、おそらく人にとっても健全な環境を維持することにもつながる。

 気候変動を解決したら人類の未来は明るいということではなくて、様々な環境問題を1つずつ解決していかなければならない。生物を絶滅させないようにするという目標をおいて多様な努力をすることが、ややこしいようでもあるけれども一番の近道でもある。

人も生物であるから生物多様性は人も含む概念である。「自然の恵み」に頼って生きざるを得ず、完全に人工的な環境の中で生きてはいけない。解決のための努力が行われている。

生物多様性条約

 1992年の地球サミットで締結され、現在182カ国が加わっている。日本は18番目。世界中のかなりの国がこれに参加しているが、アメリカ合衆国は参加していない。生物が絶滅したり、豊かな生態系が失われるのを防ぐことと生物資源を持続的に利用できるようにするというのがこの条約の目標である。

 以上イントロダクションが長くなってしまったが、この条約の第6条で締約国の義務として国家戦略を作ることがある。1995年に最初の国家戦略が策定されている。それまで重視されていなかった「人と自然との共生」というようなことが社会的な目標として広がってきているが、それをさらに強化するために、まだ1ヶ月も経っていないが、2002年に3月に新しい生物多様性国家戦略が策定され、3月21日に閣議決定されている。

生物多様性国家戦略

 ポイントとなる部分を紹介する。日本ではどのような危機が進行していて、それを回避するために何をなすべきかということに関して国のレベルでどういう合意形成がなされているかということを紹介する。

 その前に日本の自然の特徴について少しだけ話し、生物多様性という言葉に惑わされて何をすればいいか分かりにくいので補足しておく。

 生物多様性の保全とは端的に言えば、種の絶滅を防ぐと言えば一番分かりやすい。どのような種を特に意識すれば良いかというのは「グローバルな多様性の維持はローカルな固有性の尊重から」というスローガンによってあらわされる。地球上で異なる地域ごとの特有の生物相を大切にすることが生物多様性の維持である、ということである。また、今日は詳しくは説明しなかったが、生物多様性の概念は単なる種だけではなく、種が作り出しているシステムも含んでいる。

 日本に固有の生物を守っていくことが生物多様性の維持につながるが、では日本の生物相はどのような特徴を持っているかというと極めて豊かな生物相を持っている。

  • 季節風気候帯…場所によって降水量のパターンが違う
  • 島弧造山帯
  • 亜熱帯〜温帯〜寒帯…環境の幅広さ
  • 豊富な降水量
  • 氷河時代のレフュージア…氷河期以前の暖かい時期の生物の生存
  • 火山と急流河川(活発な侵食・堆積作用)が作る多様性…エネルギーが集中、色々な環境条件がモザイク的に存在
  • 撹乱(植生を破壊するような作用で時に多様性を高めるのに役に立つ)とストレスの効果

 これらの作用が多様性を高めている。面積が大体同じ国で比較してみる。両生類を見ると、日本では61種で他の温帯のイギリスやニュージーランドや桁違いに多く、種が多い熱帯のフィリピンに匹敵する。また、トンボ目を見ると、日本は197種でイギリスの4倍近くでヨーロッパ全体よりも多い。両生類やトンボが多いのは両方とも同じ生活史(幼生期は水の中で暮らして大人になると森の中へ)を持っている。日本は主食が米で、水田で作っていたので人が生活するようになった後もこれらの生物が必要とする森と水辺が組み合わさった環境が保たれた。里地、里山と呼ばれる環境で人は生物資源を利用していたが、これはトンボやカエルなどの生物が生きていくのに適した環境であった。
 現在では物理的な環境や農業のあり方の変化や、経済的価値の喪失による里山としての管理の喪失などこのような環境の喪失も日本の絶滅危惧種が増える原因である。数十年前までよく見られた種(トンボ、ダルマガエル、キキョウ、フジバカマ、オミナエシ、ハマグリなど)が続々と絶滅危惧種になっている。

国家戦略について説明

 HPで見た人がいるかもしれないが、かなり厚い。大体このような感じである。

新生物多様性国家戦略の特徴

 「自然と共生する社会」実現のためのトータルプラン
 様々な分野に渡り、長期的に考えるプランである


行動計画としての性格(5年の計画期間中に実施すべきものを明示)

 いくら良い計画ができても棚上げされれば効果を発揮しないので、必要なことをなるべく早く行っていくか明示。一部数値目標も定めている。


3つの視点

 統合的アプローチ
 生物多様性の問題の原因は多様な原因が絡まりあって作用しており、1つのことだけ見ていくわけにはいかないので統合的なアプローチが求められる。国土全体を対象にし、また、社会的、経済的側面も考慮しなければならない。国土の利用のあり方に関しても地域ごとの計画などにも生物多様性の保全が盛り込まれることが必要。また、大気・水環境への負荷を小さくすることも必要。

 情報公開
 1年間かけて議論をし、ヒアリングや勉強会、NGOの開催したシンポジウムに参加。パブリックコメントなども行った。情報公開・参加・合意形成が重要。

 自国以外の生物多様性に対する配慮
 アジアとは自然環境の面で特につながり強い。アジアに限定しなくとも他の地域の生物多様性に日本の社会経済活動が与える影響も大きいので配慮する。


3つの危機

 第一の危機 乱獲…人間活動の強い影響で生物が絶滅の危機に
 第二の危機 伝統的な自然への働きかけの喪失里山や田園への手入れの不足
 第三の危機 外来種・新入種・自然界に存在しない化学物質による問題
  これへの対応は先進国の中では遅れている。このような問題は生物学的侵入と言い、日本は無法地帯に近い状態。ただ、国家戦略で必要な法整備がなされることになっている。

重視されるアプローチ3つの方向性

 1.保全の強化
 種の絶滅や湿地の減少、外来種問題について必要な規制を

 2.里地里山の保全と利用
 かつての利用のあり方が意味をなさなくなり放棄されてしまったので、新たな利用のあり方によって保全されていくような社会的な仕組みや手法を作る

 3.新たなアプローチ
 自然再生。すでに大きく劣化・損なわれている自然について現状を維持するのでは無く、積極的に再生・修復。様々な自然再生事業が進められている(例:霞ヶ浦のアサザプロジェクトなど)国主導の事業も始まる。

私たちにどのようなことができるのか

保全への参加

 NGO、NPOはたくさんあるので参加してみる

消費者の立場から

 環境保全型の商品の購入(例:無農薬米、オオヒシクイ米など)

ペットの飼い主として

 ペットを飼うなら最後まで自分で責任を持つ

お年寄りのできること

 どんな自然を再生するのかという目標のため、生き物の思い出を話し、豊かな自然のあり方、かつての自然との関わり方を伝える。

「開講にあたって」
「環境三四郎によるプレゼンテーション」
「ゼミ『環境の世紀』演習編」
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